2009年12月31日木曜日

学んだこと

今年はすごく変化に富んだ年だった。
さまざまな人と出会い、そしてさまざまな人と別れた。

”外向きの”希望と共に今年は始まった。

2年以上もの間、人と離れた生活を送ってきた僕は、これまでとは違うベクトルに大きな戸惑いを抱きながらも、外の世界へと少しずつ、恐る恐る足を踏み出していった。足を踏み出すことによって確実に何かが変化するのを感じた。そして、外の世界に慣れていく自分を実感した。

そんな中、最初の別れは親しい人の死という形で唐突に訪れた。

その別れは非常に大きなショックを持たらしたが、同時に”内向き”の生活に終止符を打つ直接のきっかけとなった。その人は内なる世界を象徴している存在だった。

その後は、これまでにないくらい多くの人々と会うことになった。しかも、僕がこれまでにほとんど会ったことのないタイプの人々だった。僕はそのような出会いに非常に刺激を感じた。

しかし結果として、それらの出会いの中のほとんどの人は、もはや僕の世界からは遠ざかっていったと言ってもよいと思う。しかし、多くの出会いの中でもほんの一部だが、思わぬ方向性を示すものもあった。その本当にか細い糸を必死にたぐることによって、新たなる世界につながることがあるのだということを学んだ。

過ぎ去っていった様々な人々も、それぞれが様々な影を残していった。それは時には非常に悔しさを味あわせ、幻滅を引き起こし、怒りさえ感じさせるものだった。それらは、僕の中に眠っていた火を、本当に久しぶりに燃えたぎらせることになった。今年の終盤は心底危機感を感じたし、必死に頭をひねった。

何がやりたいのか?
どういう人間になりたいのか?
そのためには今何をすべきか?

人間が真に何かを学ぶことができるのは、心底危機感を感じた時だけなのではないか。そのようなことを書く小説家もいたが、今年は特にそう感じることが多かった。

僕も多くのことを危機感から学んだ。それらは3つに集約できる。

1.ものごとは時に非常に唐突に失われてしまうこと

2.学び、蓄積したものは、アウトプットを通じて本当に自分の力となること

3.いいわけの出来ない環境を自分で選択しなければならないこと

今年は今までよりもトラブルの多かった年だったと思う。でも、最後の日を迎えた今、気持ちの中には負の要素は全くない。危機感が消えたともまったく思えないが、それを力に変えられるということについて、ささやかな手応えもある。

世界にとっても個人にとっても、未来はまだまだ闇に包まれているが、自分で選択した道筋を一歩一歩進んでいくしかない。

試練はまだまだこれからだ。

2009年12月19日土曜日

かたち

人の原始的な「かたち」が、真っ白なタマゴのようなものだとすると、そこからまず背の高さ、体型などによって外面的な「かたち」に削られる。でも、この状態では「顔」がない。

本当にパーソナルな言葉を語るようになって初めて、人ははっきりとした「顔」を持つことになる。ここでいう「顔」とは、その人の特徴を表す比喩である。

自分の「顔」を持つということは、同時に自分の中のある可能性を捨てることにもつながる。「顔」を持たないのは実は自由なのだ。状況によってどのように振舞っても構わないというのは、なかなか魅力的だ。

しかし、その甘い汁を吸うのに慣れすぎてしまうと、人は徐々に「見えない人間」になってしまう。ちゃんと対価は払わなければならないのだ。

僕はこれまで、身近な人の前では人並み以上にはっきりとした顔を持っていたにも関わらず、世間一般に対しては顔を隠すようなことをしてきた。「のっぺらぼうの仮面」をつけたりはずしたりしていたようなものだ。

なぜ「のっぺらぼうの仮面」を重用することになったのか?

理由の一つとしては、はっきりとした「顔」ができるまでは、「本当の顔」を見せたくないという気持ちがあったのかもしれない。これは、ある種の完璧主義に由来する。

もう一つの理由としては、「顔のない」立場を望んでいた部分もあった。「顔」を持つことで、良くも悪くも外部に干渉される機会が増える。僕は特に20代の頃は外部に干渉されるのを極端に嫌っていた。

そうやって甘い汁をずいぶんと吸ってきたツケは、今になって払うことになった。

「おまえは誰だ?」

そう世界から問われる機会が増えてくる。ここで、徹底して

「私は何者でもない。放っておいてくれ!」

と答えてしまった場合、世界はそれを最終回答と受け取るかもしれない。

「何者でもない人間」、「見えない人間」としての人生を許可されることを心地良いと感じる人間は、自由気ままな余生を送ることができる。

でも、僕はやっぱりそうではない。

はっきりとした「かたち」を持ち、「顔」も隠さずに生きていきたい。

「おまえは誰だ」

という問いに答えられるようにならないといけない。

そのためには、自分の思いを自分の言葉で語り、その言葉に対して誠実に行動していく必要がある。そのとたんに、多くの人が批判を始め、あるものは去っていくかもしれない。でも、それは好きにさせれば良い。

自分の中の「調整弁」をはずせるかどうかは、ほんの一押しするかどうかにかかっている。

2009年12月15日火曜日

語ること、書くこと

自分について語ることは難しい。
こと公に向かって自分の意見を書くことは本当に難しい。
blogというメディア上でこんな事を書くのも何だが、
少なくとも僕にとっては本当にそうなのだから仕方がない。

自己主張と自己表現の違いが、僕には長い間分からなかった。
自己顕示欲むき出しで実力が伴わない人をたくさん見てきたし、
傍から客観的にそういう姿を見るのは決して気分が良いものではない。

それに不特定多数に対して語ることは、
なんだか実体のないものを相手にしているようで心許ない。

こんな風に書くと僕は極端に自信のない人みたいだけど、
気が合う相手とは一週間でもNonStopで話すべき事はある。
文章を書くことも全く苦ではない。
公の場でも公の立場で語ることは慣れているほうだと思う。
事の大小問わず自分なりに思うところがないではない。

ただ相手が不特定多数となるとだめだ。

それは何も「カラマーゾフの兄弟」だとか、
「資本論」について語ることが難しいという意味ではなく、
明日の天気や、今日食べたザル蕎麦についてだって、
不特定多数の人に読まれることを意識した途端、
言葉が僕の中から滑り落ちていく。

自分の言葉に対する責任の問題。
正確に伝わっているか、誤解がないか・・・等々。

そんなこんなで僕は自分について語ることを半ば辞めていた。
自意識過剰といえばそれまでなのかもしれない。

ただ今まで溜め込んで来たものを吐き出しても良い時期が来ているような気はする。

このblogは僕にとってはささやかな試みの第一歩だ。

2009年12月13日日曜日

このブログでの方針について

個人のブログは別に持っているので、このブログではRoygbivとテーマをなるべく関連させるようにして、相互作用の中からお互いが気づきを得られるようにすることを目的にします。

実験スタート

ひょんな事からOnion1976と一緒に共同でブログを開設することにした。
知り合いと共同でという方が案外長続きするかもしれないし。
相手がいることで刺激になったり、思わぬ発見があることも期待しつつ。。
まあ継続することを当面の目標として気長にやっていこう。

初投稿 - Michael Jackson

個人のブログとは別に、人とブログを共有してみることにした。

今日は唐突だが、Michael Jacksonについて多くの映像や説明に触れた。「This is it」を見るまでは、自分にとってMichael Jacksonは、ポップスターとしての存在以上のものではなかった。音楽については有名な曲は一通り知ってはいたものの、熱心に聴いたこともなかった。

亡くなってしまい、世間で騒がれるようになってから初めて強く興味を持つという、完全に遅ノリだが、彼の激しく、エモーショナルで、それでいて繊細なパフォーマンスを今見ていると、非常に多くの想いをかきたてられる。プロフェッショナルとはこういうものだという見本のような存在だ。

途方もない継続的な努力を積み重ねるとともに、そこから一歩”壁を越える”ことで、人間は”あちら側”に抜けていけるということを実感する。”あちら側”の世界では、おそらく時間のスピードも感覚も変化するのだろう。その”壁”に到達するかどうか、そして抜けるかどうかは自分にかかっている。

僕の場合は、とにかく思ったことを書いてみるという意識を持つことだ。そこから”あちら側”の領域にチャレンジし続けることこそが、今後の人生の意味であり目的であるともいえる。