さまざまな人と出会い、そしてさまざまな人と別れた。
”外向きの”希望と共に今年は始まった。
2年以上もの間、人と離れた生活を送ってきた僕は、これまでとは違うベクトルに大きな戸惑いを抱きながらも、外の世界へと少しずつ、恐る恐る足を踏み出していった。足を踏み出すことによって確実に何かが変化するのを感じた。そして、外の世界に慣れていく自分を実感した。
そんな中、最初の別れは親しい人の死という形で唐突に訪れた。
その別れは非常に大きなショックを持たらしたが、同時に”内向き”の生活に終止符を打つ直接のきっかけとなった。その人は内なる世界を象徴している存在だった。
その後は、これまでにないくらい多くの人々と会うことになった。しかも、僕がこれまでにほとんど会ったことのないタイプの人々だった。僕はそのような出会いに非常に刺激を感じた。
しかし結果として、それらの出会いの中のほとんどの人は、もはや僕の世界からは遠ざかっていったと言ってもよいと思う。しかし、多くの出会いの中でもほんの一部だが、思わぬ方向性を示すものもあった。その本当にか細い糸を必死にたぐることによって、新たなる世界につながることがあるのだということを学んだ。
過ぎ去っていった様々な人々も、それぞれが様々な影を残していった。それは時には非常に悔しさを味あわせ、幻滅を引き起こし、怒りさえ感じさせるものだった。それらは、僕の中に眠っていた火を、本当に久しぶりに燃えたぎらせることになった。今年の終盤は心底危機感を感じたし、必死に頭をひねった。
何がやりたいのか?
どういう人間になりたいのか?
そのためには今何をすべきか?
人間が真に何かを学ぶことができるのは、心底危機感を感じた時だけなのではないか。そのようなことを書く小説家もいたが、今年は特にそう感じることが多かった。
僕も多くのことを危機感から学んだ。それらは3つに集約できる。
1.ものごとは時に非常に唐突に失われてしまうこと
2.学び、蓄積したものは、アウトプットを通じて本当に自分の力となること
3.いいわけの出来ない環境を自分で選択しなければならないこと
今年は今までよりもトラブルの多かった年だったと思う。でも、最後の日を迎えた今、気持ちの中には負の要素は全くない。危機感が消えたともまったく思えないが、それを力に変えられるということについて、ささやかな手応えもある。
世界にとっても個人にとっても、未来はまだまだ闇に包まれているが、自分で選択した道筋を一歩一歩進んでいくしかない。
試練はまだまだこれからだ。
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